なぜ日本の性教育は遅れているのか(5) 最終回〜国際的なガイドラインと比較

前回の記事まで、日本における性教育の歴史と国際的な性教育の歴史を個別にお伝えしましたが、今回はまとめとして、「国際セクシャリティ教育ガイドライン」の日本語版(2017年作成)と、2021年に改定された東京都教育委員会の「性教育の手引き」を比較したいと思います。

国際セクシャリティ教育ガイドライン」の日本語版(2017年作成)について

2009年に「国際セクシャリティ教育ガイダンス」を国連のユネスコが発行し、その日本語版を2017年に日本の性教育者たちが関わって作成したものです。なお、英語版は2019年に第2版が出ています。

「国際セクシャリティ教育ガイダンス」の特徴としては以下です。

  • 5才〜8才、9才〜12才、12才〜15才、15才〜18才以上の4つにグループ分け
  • 包摂、尊敬、平等、共感、責任、相互性などの価値を採用
  • ジェンダー平等を推進することは若者のせいの健康とウェルビーイング(Well-Being:幸福)にとって重要

ガイドラインのキーコンセプト

さらに8つのキーコンセプトがあります。

  1. 人間関係
  2. 価値観、人権、文化、セクシュアリティ
  3. ジェンダーの理解
  4. 暴力と安全確保
  5. 健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル
  6. 人間のからだと発達
  7. セクシュアリティと性的行動
  8. 性と生殖に関する健康

以下、ガイドラインの内容を引用しながら説明します。

これらのキーコンセプトは、さらに2つから5つのトピックに分かれている。年齢グループごとに、キーアイデアと、知識、態度、スキルの高徳 とした学習目標が設定されています。

示されている学習目標は、地域レベルのカリキュラム開発者によって解釈され、地域的文脈や既存の国・地域のスタンダードや枠組みに基づいてその重要性がはかられるます。

ガイダンスは、自主的なもので強制されるものではなく、国際的な科学的根拠や実践に基づいており、セクシュアリティ教育が実施されているそれぞれの国の状況の多様性を認めている。
(中略)
ほとんどの専門家は、子どもや若者が、より早期に、より包括的にセクシュアリティや性的健康に関する情報を求め、必要としていることを確信している。

「国際セクシャリティ教育ガイダンス」日本語版

簡単な図にまとめると、以下のようになります。

国際セクシュアリティ教育ガイダンスのキーコンセプト

このように国際的なガイダンスではあるものの、地域や状況に応じて適用するよう書いてあります。では、より具体的な「トピック」を見ていきましょう。

トピック

キーコンセプト1
人間関係
トピック
1.1   家族
1.2   友情、愛情、恋愛関係
1.3   寛容、包摂、尊重
1.4   長期の関係性と親になるということ
キーコンセプト2
価値観、人権、文化、セクシュアリティ
トピック
2.1 価値観、セクシュアリティ
2.2 人権、セクシュアリティ
2.3 文化、社会、セクシュアリティ
キーコンセプト3
ジェンダーの理解
トピック
3.1 ジェンダーとジェンダー規範の社会構築性
3.2 ジェンダー平等、ジェンダーステレオタイプ、ジェンダーバイアス
3.3 ジェンダーに基づく暴力
キーコンセプト4
暴力と安全確保
トピック
4,1 暴力
4.2 同意、プライバシー、からだの保全
4.3 情報通信技術(ICTs)の安全な使い方
キーコンセプト5
健康とウェルビーイング(幸福)のためのスキル
トピック
5.1 性的行動における規範と仲間の影響
5.2 意思決定
5.3 コミュニケーション、拒絶、交渉のスキル
5.4 メディアリテラシー、セクシュアリティ
5.5 援助と支援を見つける
キーコンセプト6
人間のからだと発達
トピック
6.1 性と生殖の解剖学と生理学
6.2 生殖
6.3 前期思春期
6.4 ボディイメージ
キーコンセプト7
セクシュアリティと性的行動
トピック
7.1 セックス、セクシュアリティ、生涯にわたる性
7.2 性的行動、性的反応
キーコンセプト8
性と生殖に関する健康
トピック
1.1   妊娠、避妊
1.2   HIVとAIDSのスティグマ、治療、ケア、サポート
1.3   HIVを含む性感染症リスクの理解、認識、低減
キーコンセプト,トピック、学習目標の全体像

これだけ眺めていても、なかなかわかりませんよね。実際のガイドラインを見ていただけると、具体的に書いてあるのでとても実践しやすくつくられているのが特徴です。

あとで、日本の「性教育の手引き」も紹介しますが、人権保護や健康安全などの観点から「暴力」などにも早くから触れているのが、日本とはまったく異なります。

また、5歳から「性(セックスやジェンダー)」、生殖についても早くから教えるよう推奨しているのが、かなり違う点です。

ガイドラインの内容について

さて、ここまで書いてきましたが、後々、日本の「性教育の手引き」との比較のためにも、国際セクシャリティ教育ガイドラインの気になる内容を5歳〜8歳のみ一部を取り出してみましょう。

1,1家族

 学習目標(5~8歳)
キーアイデア 世界にはさまざまな家族の形がある
学習者ができるようになること・家族のさまざまな形(例:ふたり親の家族、ひとり親の家族、世帯主が子どもの家族、世帯主が後見人の家族、各大家族、核家族、非伝統的家族)を説明する(知識)
・家族のさまざまな形に対する尊重を表現する(態度)
・家族のさまざまな形に対する尊重を表現する方法を実際にやってみる(スキル)
キーアイデア家族のメンバーには異なるニーズと役割を持っている
学習者ができるようになること・家族のメンバーの異なるニーズ、役割を明らかにする(知識)
・家族のメンバーが(時にそうしたくなかったり、できなかったりすることもあるが)たくさんの方法で互いに助け合っている方法を的確に認識する(態度)
・一人ひとりのニーズや役割について家族の中で伝え合う(スキル)
キーアイデアジェンダー不平等は家族メンバーの役割や責任に影響することがある
学習者ができるようになること・家族の中における男性と女性の役割と責任の違いを列挙する(知識)
・それらの違いが家族一人ひとりのできること、できないことにどのように影響を及ぼしているかを説明する(知識)
・ジェンダー不平等が家族の中でそれぞれの役割や責任に影響していることに気づく(態度)
・家族の中における男性と女性の役割と責任について、自らの役割や感情を省察する(スキル)
キーアイデア家族メンバーは子どもたちに価値観を教えることにおいて重要である
学習者ができるようになること・価値観とは何かを明らかにする(知識)
・自分や自分達の家族が大切にしている価値観を列挙する(知識)
・家族メンバーの価値観は子どもの価値観に影響していることを認識する(態度)
・個人の価値観を表現する(スキル)

このガイドラインで1.1家族は、重要な位置付けと内容になっています。

2.2 人権・セクシュアリティ

 学習目標(5~8歳)
キーアイデア誰にでも人権がある
学習者ができるようになること・人権の意味を明らかにする(知識)
・誰にでも人権があり、それは尊敬されるべきことを認識する(態度)
・人々の人権に対する支持を表現する(スキル)

2.3 文化、社会、セクシュアリティ

 学習目標(5~8歳)
キーアイデア自分自身、自分達の感情、自分たちのからだについて学ぶのを助ける多くの情報源がある
学習者ができるようになること・自分自身、自分たちの感情、自分たちのからだについての理解を助ける情報源(家族、個人、仲間、コミュニティ、ソーシャルメディアも含めたメディアなど)を列挙する(知識)
・家族やコミュニティから学んだ価値観や信条は、自分自身、自分たちの感情、自分たちのからだについての理解を導くことを認識する(態度)
・信頼するおとなを特定し、自分たちの感情やからだについてもっている疑問をどのように尋ねるかをはっきりと示す(スキル)

このガイドラインでは、ジェンダーに関する内容も特徴的です。5歳〜8歳といった早い時期からの教育が重要であると言えます。

3.1 ジェンダーとジェンダー規範の社会構築性

 学習目標(5~8歳)
キーアイデア生物学的セックス(生物的性)とジェンダーの違いを知ることは重要である
学習者ができるようになること・ジェンダーとセックスの意味を明らかにし、それらがどのように異なるのかを説明する(知識)
・自分のセックスとジェンダーについてどう感じるかを省察する(スキル)
キーアイデア家族、個人、仲間、コミュニティはセックスとジェンダーについての情報源である
学習者ができるようになること・セックスとジェンダーについての情報源を明らかにする(知識)
・セックスとジェンダーに関する視点は多くの異なる情報源に影響されていることを認識する(態度)

3.2 ジェンダー平等、ジェンダーステレオタイプ、ジェンダーバイアス

 学習目標(5~8歳)
キーアイデアジェンダーに関係なくすべての人に平等の価値がある
学習者ができるようになること・ジェンダーを理由に人がどのように不公平、不平等に扱われうるのかを明らかにする(知識)
・家や学校、コミュニティにおいて、ジェンダーの異なる者同士で、対等で公平な関係性を築くさまざまな方法を説明する(知識)
・ジェンダーの異なる人を不公平に、不平等に扱うことは間違っており、人権に反することだと認識する(態度)
・ジェンダーの違いに関係なく、他社の人権を尊重することは重要なことであると認識する(態度)

また、具体的に「生殖」の内容もみていきます。やはり、知識として「生殖のプロセス、特に卵子と精子が結合しそれが子宮に着床して初めて妊娠が始まることを説明する」ことを冒頭に記述していることが、日本の学校での性教育とは大きく異なるところでしょう。

6.2 生殖

 学習目標(5~8歳)
キーアイデア妊娠は、卵子と精子が結合し、子宮に着床して始まる
学習者ができるようになること
学習者ができるようになること・生殖のプロセス、特に卵子と精子が結合しそれが子宮に着床して初めて妊娠が始まることを説明する(知識)
キーアイデア妊娠は一般的に40週程度続き、妊娠中の女性のからだはさまざまな変化をたどる
学習者ができるようになること・妊娠中の女性のからだがたどる変化を説明する(知識)
・妊娠中の女性のからだがたどる変化についてどう感じるかを表現する(スキル)

7.1 セックス、セクシュアリティ、生涯にわたる性

 学習目標(5~8歳)
キーアイデア一生を通して、自分の体や他者と親しい関係になることを楽しむことは、人として自然なことである
学習者ができるようになること・身体的なよろこびや興奮は自然な仁賢の感情であり、そこには他者との身体的親密さが含まれうることを理解する(知識)
・身体的感覚を表す多くの言葉があり、それらには他者にその感覚を示すものや他者と親密になることにかかわる言葉もあるということを誓いする(知識)
・自分の感情を他者に示したり他者との親密さを表現する方法に関して、適切な言葉や言動と、不適切な言動や行動があることを認識する(態度)

最後は、このガイドラインでも特徴的な「暴力」をご紹介します。「いじめ」などをはじめとして、家庭内暴力(DV)などにも、触れています。

4.1 暴力

 学習目標(5~8歳)
キーアイデアいじめ、暴力を認識し、それらは間違った行為であると理解できることが重要である
学習者ができるようになること・からかい、いじめ、暴力とは何かを明らかにする(知識)
・いじめ、暴力は間違った行為であること、そしてそれが家族や他のおとなからであっても、被害者は決して悪くないことを認識する(態度)
・仲間の中でのいじめや暴力に対応できる安全な行動をはっきりと示す(スキル)
キーアイデア子ども虐待を認識でき、それが間違った行為であると理解することは重要である
学習者ができるようになること・性暴力、ネット上での子どもに対する性的搾取も含め、子ども虐待を明らかにする(知識)
・おとなや知り合い、信頼する人、たとえ家族によるものだったとしても、子どもへの性的虐待を含め、子ども虐待は子どもの権利の侵害であること、そして被害者が決して悪くないということを認識する(態度)
・おとなが性的虐待をしようとした場合にとれる行動をはっきりと示す(「いやだ」「あっちにいけ」ということ、信頼できるおとなに話すなど)(スキル)
・親や保護者、信頼できるおとなを特定し、虐待を受けた場合に虐待されたことをどのように伝えるかをはっきりと示す(スキル)
キーアイデア両親や恋愛関係にある人たちの間でも暴力は間違っていると理解することは重要である
学習者ができるようになること・親同士や恋愛関係にある人たちの間で起こりうるさまざまな暴力(身体的暴力、言葉による暴力、パートナーに強制的に何かをさせるなど)について認識する(認識)
・親同士や恋愛関係にある人たちの間でも暴力は間違っていると認識する(態度)
・家庭内でそのような暴力を目にした場合、サポートしてくれる信頼できるおとなにどのようにアプローチしたらよいのかを明らかにする(スキル)

日本の「性教育の手引き」について

平成29年、平成30年に学習指導要領が改定され、児童・生徒に求める資質・能力を「知識および技能」「思考力、判断力、表現力等」、「学びに向かう力、人間性等」の3つの柱としました。それに伴い、東京都教育委員会の「性教育の手引き」が15年ぶりに改定されることになります。

日本の「性教育の手引き」の概略

ここで、「ガイドライン」との対応関係を考えたいところではありますが、学習指導要領は全教科を対象としているため、意味合いが異なるため割愛します。

その代わり、「性教育の手引き」内にある「学習指導要領における性教育の取り扱い」を見てみましょう。

そうすると、小学校学習指導要領を、すごくかいつまんでいうと「一生、健康で安全な生活を送るための基礎を培う」ことと、「性・薬物等に関する情報を容易に入手できる様になっているから、適切に行動できるよう指導せよ」と書いてあります。

つづいて、中学校の学習指導要領(高等学校においても同じ)では、上記の小学校の指導要領のほぼ同じ内容に加えて「楽物濫用を抑止せよ」ということと「発達の段階を考慮して指導せよ」ということだけ書いてあります。

性教育をするなとは書いていませんが、書いていないことを授業で行うと指導や懲罰があるのが、学校指導要領のむずかしい(質がわるい)ところです。ゆえに「はどめ規定」という名文化されていない”天井”があり、「ここまでなら教えてよい」ことになっていて、その”天井”を超えると、「行き過ぎた教育」と言われるわけです。

「性教育の手引き」の内容

つぎに、科目ごとにガイドラインの引用と比較しやすいように、小学校のみ抜き出してみよう。

ⅰ) 生活科

小学校

学校、家庭及び地域の生活に関する内容

  1. 学校と生活
  2. 家庭と生活
  3. 地域と生活

自分自身の生活や成長に関する内容

(9)自分の成長

ⅱ)社会科・公民科

小学校該当なし

Ⅲ)理科・生物

小学校

第4学年

生命

(1)人の体のつくりと運動

第5学年

(2)動物の誕生

第6学年

(1)人の体のつくりと運動

Ⅳ)家庭科

小学校該当なし

ⅴ)体育科・保健体育科

小学校

第4学年

(2)体の発育・発達

ア  知識
(ア)体の発育・発達

  1. 思春期の体の変化

(ウ)体をよりよく発育・発達させるための生活

 

イ 思考力、判断力、表現力等

 体がよりよく発育・発達するために、課題を見つけ、その解決に向けて考え、それを表現すること。

第5学年

(1)心の健康

ア 知識及び技能

  1. 心の発達
  2. 心と体の密接な関係
  3. 不安や悩みへの対処

イ 思考力、判断力、表現力等

 心の健康について、課題を見つけ、その解決に向けて思考し判断するとともに、それらを表現すること。

(2)けがの防止

ア 知識及び技能

(イ)交通事故や身の回りの生活の危険が原因となって起こるけがの防止

イ 思考力、判断力、表現力等

 けがを防止するために、危険の予測や回避の方法を考え、それらを表現すること

第6学年

  1. 病気の予防

ア 知識及び技能

(イ)病原体が主な要因となって起こる病気の予防

 

イ 思考力、判断力、表現力等

 病気を予防するために、課題を見つけ、その解決に向けて思考し判断するとともに、それらを表現すること。

ⅵ)特別の教科 道徳

小学校・中学校

A,主として自分自身に関すること

[節度、節制]

[個性の伸長]

B主として人との関わりに関すること

[友情、信頼]

[相互理解、寛容]

C主として集団や社会との関わりに関すること

[家族愛、家庭生活の充実]

[公正、公平、社会主義]

D主として生命や自然、崇高なものとの関わりに関すること


[生命の尊さ]

Ⅶ)総合的な学習の時間・総合的な探求の時間

小学校・中学校・高等学校

目標を実現するにふさわしい探求活動

学校の実態に応じて、現代的な諸課題に対応する横断的・総合的な課題、地域や学校の特色に応じた課題、児童・生徒の興味_関心に基づく課題、職業や事故(自己?)の将来に関する課題などを踏まえて設定すること

Ⅷ)特別活動

小学校

学級活動

2)日常の生活や学習への適応と自己の成長及び健康安全

ア 基本的な生活習慣の形成

イ よりよい人間関係の形成

ウ 心身ともに健康で安全な生活態度の形成

日本の性教育と国際的なガイドラインとの差

いかがでしょうか。日本では、小学校低学年では「性教育」の言葉から連想される内容とは、ほど遠いことがおわかりいただけたかと思います。こうしたこともジェンダーギャップ指数がほぼ世界最低であることの一因になっているのではないでしょうか。

そのため、現在、幼児についての性教育については、早急に国際レベルまで引き上げることが求められるのではないでしょうか。

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