なぜ日本の性教育は遅れているのか(4) 〜国際的な動き

では、これまでと打って変わって、日本国外での国際的な「性教育に関する動き」を見ていきましょう。これまで1960年代から1970年代にかけて、さまざまな性解放運動が欧米を中心に起きました。

加えて、ヒッピー文化やカウンターカルチャーなどの動きも加わり、一転して1980年代はHIV/AIDSパニックが世界中で起こることになります。

いまでは、感染経路やメカニズム、治療方法などが確立している病気ですが、発見当初、この奇病の患者のほとんどが男性の同性愛者だったことから、さまざまな偏見や差別、憶測が飛び交いました。

参考:松岡正剛の千夜千冊 1078夜「エイズ」

リプロダクティブヘルス/ライツの採択

そうしたなか、1994年エジプトのカイロでは「国際人口開発会議」が開催されました。リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(性と生殖に関する健康と権利)が提唱され、翌年1995年の北京会議(第4回世界女性会議)で採択されます。

リプロダクティブヘルスライツ

リプロダクティブ・ヘルス/ライツとは、生殖年齢にある男女*のみならず、思春期以降の誰もが、生涯にわたる性と生殖に関する権利が保障されるべきであり、子どもを持たない選択も含め、生殖に関して自己決定できる権利を指します。また、具体的施策も示されています。

引用:「性教育はどうして必要なんだろう?」(浅井春夫共著 大月書店 )

やがて、1999年中国香港で行われた「第14回世界性科学学会」にて、性に関する基本的なかつ普遍的な権利として掲げる11項目からなる「性の権利宣言」を採択しました(その後、2008年に再確認。2014年3月に改訂)。以下は項目のみ抜粋します。

性の権利宣言【2014年改訂版】

  1. 平等と差別されない権利
  2. 生命、自由、および身体の安全を守る権利
  3. 自律性と身体保全に関する権利
  4. 拷問、および残酷な、被人道的な又は品位を傷つける取り扱い又は刑罰から自由でいる権利
  5. あらゆる暴力や強制・強要から自由でいる権利
  6. プライバシーの権利
  7. 楽しめて満足できかつ安全な性的経験をする可能性のある、性の健康を含む、望みうる最高の性の健康を享受する権利
  8. 科学の進歩と応用の恩恵を享受する権利
  9. 情報への権利
  10. 教育を受ける権利、包括的な性教育を受ける権利
  11. 平等かつ十分かつ自由な同意に基づいた婚姻関係又は他の類する形態を始め、築き、解消する権利
  12. 子どもを持つか持たないか、子どもの人数や出産間隔を決定し、それを実現するための情報と手段を有する権利
  13. 思想、意見、表現の自由に関する権利
  14. 結社と平和的な集会の自由に関する権利
  15. 公的・政治的生活に参画する権利
  16. 正義、善後策および救済を求める権利

参考:性の権利宣言

https://worldsexualhealth.net/wp-content/uploads/2014/10/DSR-Japanese.pdf

遅れ続ける日本の性教育

遅れ続ける日本の性教育

近年日本でも耳にするようになりましたが、じつは「包括的性教育」は1990年代はじめに最初に用いられた言葉です。英語にすると、「Comprehensive Sexuality Education(CSE)」といい、性に関する知識やスキルだけでなく、人権やジェンダー観、多様性、幸福を学ぶ(Well-Being)」ための重要な概念なのです。

こうして、日本が「後進国」とみていた世界各国では、大きく性教育が2000年代に進むことになります。性の権利宣言にも「包括的性教育」ということばが盛り込まれています。

日本の性教育・人権教育は、1994年から2005年にかけて多くの勧告が出されており、再三指摘されているものも少なくありませんでした。とりわけ、同期間は「人権教育のための国連10年」であり。日本軍の従軍慰安婦問題については教科書の記述削除などが問題になりました。

そうして、2009年に世界にとって記念的な「国際セクシャリティ教育ガイダンス」がユネスコ(UNESCO)から発行されました。これには「2008年世界エイズ報告書」の大きな後押しがありました。同報告書によると、HIVの新規感染者のうち45%が15=24歳であり、過去最大の感染者数となったことがわかります。

もちろん医学の発展が必要なこともそうですが、「正しい性教育」の実践が若いうちから必要であることが、政策立案者にも強く求められるようになったのです。

国際セクシャリティ教育ガイダンスの特徴

  • 5才〜8才、9才〜12才、12才〜15才、15才〜18才以上の4つにグループ分け
  • 包摂、尊敬、平等、共感、責任、相互性などの価値を採用
  • ジェンダー平等を推進することは若者のせいの健康とウェルビーイング(Well-Being:幸福)にとって重要

としたことです。

「国際セクシャリティ教育ガイダンス」の詳細については、日本の最新の「性教育の手引き」と比較したいと考えていますので、ここでは詳細は割愛します。

ですが、その後、「国際セクシャリティ教育ガイダンス」は2017年に日本人の性教育者たちが尽力して日本語版を2017年に発行します。それと並行して英語版の第二版が2018年に発行されます。

国連とは異なる「スタンダード」を確立するヨーロッパ諸国

2009年にユネスコが「国際セクシャリティ教育ガイダンス」の発行には、他の国際機関である国連合同エイズ企画()や世界保健機構(WHO)、国連児童機構ユニセフ(UNICEF)が協力しました。

そうして、WHOはWHO加盟のヨーロッパ諸国と中央アジアを含む53カ国(イギリスも含む)をカバーしている地域事務所と、そのコラボレーションセンターであるドイツ連邦健康啓発センターが「ヨーロッパにおけるセクシャリティ教育スタンダード 政策者 教育・健康機関および専門家のための枠組」(通称スタンダード)を出しました。その後も、2013年に「ヨーロッパにおけるセクシャリティ教育スタンダード 実施ガイダンス」を、2017年に「養成問題- セクシャリティ教育者のコアコンピテンシーの枠組」を出しています。

このような中、日本はようやく2019年に「性教育の手引き」を空白の15年を経て改訂したのです。次は、この「性教育の手引き」「国際セクシャリティ教育ガイダンス」の違いを見ていくことにします。

いま、日本では、新型コロナウイルス感染症の亜種(BA.5)が流行していますが、世界ではHIVの新規感染者が2021年には150万人に達しており、非常に問題視されています。

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