エチオピアと聞いてアフリカにある国の名前は思い浮かぶが、それ以上仔細にエチオピアについて鮮明に脳裏に画像や語彙を思い浮かべる人は少ないのではないでしょうか。
まず本書(以下「本書」はすべて『エチオピア高原の吟遊詩人』を指します)の概要を述べる前に、エチオピアのことを簡単に述べておきます。場所は、『エジプトの右下あたりの「アフリカの角(ツノ)」と呼ばれる地域の大国。アフリカ連合や国連アフリカ経済委委員会の本部がおかれており、アフリカが他地域と外交する際の中心地の一つです』と、外務省のホームページを引用しておきます。
本書をざっくり表すと、エチオピア北部の都市ゴンダールの酒場を舞台に、酒宴に興じる人々を歌い踊ることで良い気分にさせることを生業にしつつ、『アズマリ』という別称を引き受け狡猾に生きる部族の生き様を具に描いた作品であり、フィールドワークの成果であると思います。
ただし、一言で語り尽くそうとするとひどく乱暴になってしまう危うさがあって。というのも、筆者(川瀬滋氏)の専門は映像人類学で、実際、本書の最後に映像作品をつくり、現地でアズマリに魅せたときの様子と考察もあるからです。そうした背景も頭に入れておくと、本書の理解の手助けになるでしょう。
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さて、本書の内容は、おおきく4つに分かれます。
「現代のアズマリの日常」
「歴史におけるアズマリの役割の変化」
「歌とともに広がるアズマリの活動」
「職能者からアーティストになる者たち」
それらのテーマの軸になっているのは「歌」であり「隠語(歌の間に挟む仲間たちだけに通じることば)」が歴史と複雑に絡み合っている様子ではないでしょうか。
本書のところどころに、エチオピアのアムハラ語の歌詞と日本語訳が記されています。ここでは、その中から日本語訳の一例を挙げます。